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(500)日のサマー:サマーがビッチで賛否両論だけど、恋をしたくなる映画だった

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(500)日のサマー:サマーがビッチで賛否両論だけど、恋をしたくなる映画だった

 

恋愛映画を観る習慣があまりない、ヤマノカホ(@kaho_yamano)です。が、最近はAmazonプライム・ビデオのおかげで2000年代の恋愛映画をちょこちょこ観ています。

 

そんななかでも、人気な映画が「(500)日のサマー」。実際に、恋愛をしたくなる映画でした。とくに面白かったのが、サマーと主人公トムの恋愛観の違いでした。男女の恋愛観が逆転している印象でした。

 

 

 

 

映画「(500)日のサマー」とは...

 

「(500)日のサマー」(原題:(500)Days of Summer)はアメリカで2009年に公開された映画です。日本では2010年公開でした。邦題は「(500)日“の”サマー」ですが、原題を直訳すると「夏(サマー)の(500)日」です。今回Summerは人名ですが、夏のように奔放な女の子なので、トムはサマーと500日におよぶ夏のような日々を送るようになります。

片思いのソワソワからはじまり、勝手に相手を想像して落ち込む。晴れて(?)サマーと関係を持つようになるけれど、その分だけ彼女の言動一つひとつに浮かれたり落とされたり。そんな、ジェットコースターのような恋の気持ちをトム視点で描いています。

 

まとまったあらすじは、こんな感じです(Wikipedia)▼

LAで、グリーティングカード会社で働いているトムは、地味で冴えない毎日を送る青年。ロマンティックな出会いを期待するも、大学で建築を学んでいた彼にはグリーティングカード会社での仕事はつまらなくて、職場にはおばさんばかり。

 

そんな彼はある日、秘書として職場にやってきたサマーに一目惚れしてしまう。出会いから4日目、トムが偶然サマーと同じエレベーターに乗り合わせたとき、ふいにサマーは「わたしもザ・スミスが好き」と声をかける。そしてそこから二人の交流が始まる。ストーリーはトムの空想と、サマーとの実際の関係を絡めてどんどん進んでいく。

 

会社のパーティーの帰りがけに、トムはサマーに好意を寄せていることを告白するのだが、サマーは「友達になりましょう」と言うだけであった。34日目、イケアで新婚夫婦ごっこをしたり、ランチピクニックをしたりと徐々に親密になっていく二人だが、期待するトムに対してサマーに「真剣に付き合う気はないの」と言われてしまう。そしてトムは、不本意ながらも「気軽な関係でいいよ」と妥協してしまう。

 

そして109日目、サマーの部屋に招き入れられたトムは、サマーとの関係が一気に進展したと感じるのだが……。

 

 

「真剣な関係になるつもりはない」という相手と、関係をもってしまう。しかも、片思いをしているのに。周りは面白いけれど、本人としては悲劇ですよね。でも、引き返せないし手放せない。そんなお話しです。

 

 

トムとサマーが交わらなかった理由

 

トムとサマーの関係がうまく進んでいかなかった理由はいくつかあります。ひとつ前提としておきたいのは、サマーもトムに好意をもっていました。そうすると、いっそう“彼女”にならなかった理由が気になりますよね?そんな理由を3つあげていきます。

 

 

1.学んできた“愛”の種類がちがう

 

トムは“運命の人に出会わないと、本当の幸せはない”と思っています。そんな彼は、暗いイギリスロックにハマった子ども時代を過ごしています。つまりは、根暗・空想的・非リア充・遊び要素ゼロ...そんな人です。

一方で、サマーが幼少期に両親が離婚しています。それから“運命の出会い”を信じることはなくなりました。「彼女が愛したのは、自分の黒い髪とその黒髪を切っても何も感じない心」というのが、冒頭の紹介です。これって、“好きなものを傷つけてもなんとも思わない”心ってことですよね。“好き”は“好き”のまま持っているけれど、共感的ではない。つまり、傍観者的な面があるってことです。

 

子ども時代の“愛”の学び方って、すごく大切です。しかも両親の“愛”にまつわる関係って、他人を信じるってことにまで影響してきますよね。まったく正反対の“運命”への見方を持った2人。土台がちがうので、それはなかなか高い壁です。

 

2.相手を思うときのベクトルがちがった

 

トムはサマーを“運命の人”と決めつけてのめり込んでいく。恋ってそういうものだから、いいと思います。でも、サマーをきちんと見ていなかったんです。ベクトルが自分の心の中にいる“運命の人”としてのサマーに向いていた。だから、無駄に良い格好をみせたくなって、飲み屋で殴り合いをしちゃう。そんなこと、喜ぶ女性なんでいないのに。

そんなトムに対して、サマーはしっかりとトムを見ていました。だから、彼女は最初に宣言しているんです。

「だれかの彼女になるつもりはないの」

これって、誠実ですよね。「ないよ」って伝えてる。そして、そんな関係を受け入れたのはトムです。サマーはトムと関係している間は、おそらくトムだけだったんだと思います。だから、誠実にトムに向き合っていたんです。彼女になることは望まなかったけど。

サマーはトムのこと、しっかりと見ていましたよ。

 

3.求めていた“運命”がちがった

 

トムは“運命の人”を求めていました。

これって、なかなかハードルが高いです。だって、“運命の人”ってことはその人が“運命”を持ってないといけないんです。この場合の“運命”って、言い換えると「運命だ!」って思えるほど理想的な“外見”“性格”“好みの音楽”“好きな食べ物”“何気ない休日の過ごし方”...そんないろいろを持ってるってことですよね。いないでしょ?だから、ハードルが高いんです。

しかも、この“運命の出会い”っていうのは大体が“第一印象”。“一目ぼれ”です。そうすると、相手の言動を勝手に自分の理想と結び付けて解釈してしまいます。結果的に、相手に“理想像”を押し付けることにもなりかねないんです。

相手が同じテンションで来てくれたら上手くいくとは思うんですけどね。

 

一方で、サマーが求めていたのは“運命の瞬間”でした。

じつは、サマーはトムとの関係を絶ってから速攻で結婚します。そして、結婚後にトムと一度だけ会うんです。そのときに、こんなことを言っています。

「わたし、ある朝目覚めたときに感じたの。…あなた(トム)とは無理なんだって」

この人と生きていくんだ。そう唐突に、けれど確信に満ちて思う瞬間を求めていたんです。結婚を決める瞬間って、いろいろ話を聞きます。

「“まあいいかな”って思える相手は、この人くらいだなって思った」

「少しでもきれいに盛り付けられたプレートを彼に渡してる自分に気付いたときに、結婚しようって思った」

運命って、本当は“人”じゃなくて、相手を大切だと思えるふとした“瞬間”のことはいうんだと思います。サマーはきっと、そんな瞬間を求めていたんだと思います。でも、トムは幻想を抱くばかりでサマーを見ないから。だから、ある朝思ってしまったんです。

そして、サマーは夫とのデリでの出会いについて、こう言います。

「もし、わたしが映画に行ってたら?他の場所にランチに行ってたら?10分遅くデリに行ってたら...?あれは、運命だった」

“運命の人”って、“運命の瞬間”を重ねて過去を振り返ったときに、はじめて知ることができるんだと思います。彼女は、それを感覚的に知っていたんじゃないかな。だから、そんなサマーは幸せになるでしょう。

 

 

まとめ

 

「(500)日のサマー」がおもしろいところは、男女の恋愛観が逆転していることです。女性が運命の人を求めることの方が、多いと思います。また、男性が縛られない関係を望むことも充分にあると思います。

男女の恋愛観がステレオタイプのままだったら、“ロマンチック好きの夢見る女の子”と“遊び人のクソ男”の物語になっていたと思います。男女が逆転するだけで、こんなに変わるんですね。

 

あなたは、サマーはビッチだと思いますか?